『対馬の海に沈む』JAに起きた悲しい出来事

最近のコメの価格高騰に関する記事を読んでいる中である書籍の紹介が目に留まり、さっそく読んでみました。
昨年の12月に出版され、開高健ノンフィクション賞を受賞した「対馬の海に沈む」(窪田新之助著)です。

コメの価格高騰について触れているわけではなく、JAの組織に問題があるのではないかという文脈の中で、この本が紹介されていました。

悲しい出来事

この本はノンフィクションで、ジャーナリストである著者窪田さんが執念ともいえる取材を重ね、事件を浮き彫りにした内容です。

JA対馬の西山という職員が車ごと崖から海に転落したところから話は始まります。事故か自殺かは結論付けられていませんが、状況から考えるに自殺と考えざるを得ない出来事だったようです。西山の横領が明るみに出る途上で起きた出来事でした。

この西山という人物はJA対馬内に限らず、JA長崎、JA共済連全体でも有名でした。共済の契約額が半端ではなくJA共済で毎年最優秀者として表彰されていたからです。

そんな西山の家族や同僚・上司などに丹念に取材を重ねていき、具体的な出来事、組織の対応、問題点まで明らかにしたのがこの本です。横領を働いていた西山一人が悪いのか、そんな疑念を抱えながらの取材でしたが、終章では、この出来事が本当に悲しい出来事であったことが浮き彫りにされます。

ノルマという重い足かせ

著者が一貫して言っているのは横領を行っていたのは西山だけど、背景にはJA職員にのしかかるノルマという重い足かせがあるということです。

金融機関であれば職員に契約獲得のノルマがあるというのは聞いたことはありますが、この本を読んでJAについてのノルマの実態を認識しました。

西山が行っていた横領は個人では無理があり、組織を巻き込んでの行為だということです。その背景には西山が獲得した契約の「数」があり、JA対馬上対馬支店の他の職員のノルマだけでなく、JA対馬、JA長崎県、JA共済連(全国)が恩恵にあずかっていた。つまり西山が挙げた契約数にあやかり、自分のノルマに苦しまなくてよいという状況があったのです。個人で、現実的とは思えないような契約をこなしていても20年間も明るみに出なかったのは、そういう状況があったから。「何か変だ」とは思っていても、騒げば西山の契約実績の恩恵がなくなる。または組織の足元が揺らぐという「恐れ」がみんなの口をつぐませたと訴えています。

全国を統括するJA共済連、県を統括するJA県連、各JAとノルマが当然のように割り振られ、末端のJA職員は自爆営業が常態化しているとのこと。

これがこの事件の背景にあった根本かもしれません。

組織と人間

最近の郵便がらみでも保険契約の不正、飲酒状態での配達や事前点呼などが発覚していますが、大きくて古い組織はどうしても組織維持、悪い意味で保守的になってしまいます。

実はこの本を読んで一番身につまされたのは「終章 造反」とタイトルのついている部分でした。西山の横領を手助けしたり恩恵を受けていた人たちが、自分たちのうまみがなくなってきて、逆に西山を突き放す状況になったのです。そして告発となったわけです。こんな自分勝手な都合で行動する「人間」というものに悲しくなりました。

そんな中でも20年前に内部告発した結果左遷された人物がいて、結果としてその人が一番西山のことを気にかけているということに少し気持ちが救われました。

西山個人ではなく、JA組織が根本原因をえぐり出さない限り将来はないのではないでしょうか。

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