50年ぶりに太宰治「斜陽」を読んで

若いころ、二十歳前後の頃には太宰治をよく読んでいました。『人間失格』『女生徒』『グッド・バイ』など、夢中でページをめくったのを覚えています。ところがその後はすっかり遠ざかり、今回「斜陽」を手に取ったのは実に50年ぶりのことでした。

きっかけは、来月に青森へのドライブを予定しており、金木町の「斜陽館」に寄ってみたいと思ったからです。せっかくなら、事前に太宰に触れておこうと考えました。

久しぶりに読んだ「斜陽」の印象を一言で表すなら、「倒錯した世界」「不条理」という言葉が浮かびます。正直なところ「面白い」とは思えませんでした。二十歳の頃、あれほど惹きつけられた自分が不思議でなりません。

ただ、文章そのものは今でも新鮮です。冒頭で母を「上流階層の夫人」と描きながら、スウプの飲み方や草むらでの描写で一気に読者を現実へ引き込む力は見事でした。ただ、改行がほとんどなく文字がぎっしり並ぶページには、今の私には少々気合が必要でした。

戦後の没落華族を描く物語は、矜持を捨てられず現実を突きつけられる姿がつらくもありました。一方で、小説家の上原という人物には、太宰自身が重なって見え、現実と虚構が混ざり合う妙味も感じました。

これから太宰を読み進めるかと問われれば、たぶん読まないでしょう。それでも、この年齢になって再び太宰に触れたことは良い体験でした。来月の旅で「斜陽館」を訪れるとき、きっとまた違った気持ちで建物と向き合えるように思います。

コメント

  1. プルシアンブルー より:

    どうぞ 良い旅を!

    お気をつけて!

    三内丸山遺跡で古代人の生活ぶりを見学したことがあります

  2. Excel受講生 より:

    中学・高校のころには、読書感想文を書かされた記憶があります。山田先生の「斜陽」のような「感想」を書けたなら、㊝だった!と思い、いまさらながら(赤面)の至りであります。