萬田緑平さんの『棺桶まで歩こう』という本を読みました。
タイトルだけを見ると少しどきりとしますが、「無理な延命治療はせず、寿命を全うするまでできるだけ歩ける状態を保とう」という、非常に前向きで実用的な内容の本です。
日頃から、私なりに「シンプルに、自分らしく生きる」ことを心がけて日々を過ごしています。この本には、そんな私の考えにぴったりと重なる部分が多く、読み進めるごとに深く頷かされる気づきがたくさんありました。
特に、「最期は家族に囲まれるべき」「孤独死は可哀想だ」という、私たちが無意識に抱いている世間の常識に対する著者の意見は、これからの人生の終盤戦をどう生きるかについて、新しい視点を与えてくれました。この本から学んだ「最後まで自分らしく、穏やかに生き切るためのヒント」と、私が今日から始めた小さな習慣について、少し書き留めておきたいと思います。

「一人暮らしの最期」は本当に不幸なのか?
メディアなどを通じて「孤独死」という言葉をよく目にします。「誰にも看取られずに、ひっそりとなくなっており、発見されたのは数日たってからで部屋の中はさみしさや荒涼さが漂っていた」みたいなイメージでしょうか。いささかセンセーショナルに扱われることが多いと思います。
そんなステレオタイプのようなイメージを払しょくするような内容が第五章「一人でも、いや一人の方が大往生できます」です。
この本を通じて著者が言っているのですが、病院で最期を迎えるとどうしても家族は「少しでも長く生きさせて」と希望します。医療機関もそんな気持ちにこたえて延命治療を行うことになります。だけどそれがなくなる方本人の幸せなのでしょうか。残された家族の満足のために本人の気持ちをおざなりにしていないでしょうか。
一人暮らしだと、きちんと在宅ケア体制を整えておけば、自分の命を静かに幸せに終えれることができるのです。
私は子供がいないので命の終盤をどのように過ごすのか時折考えますが、ここを読んで大いに力を得ました。せいいっぱい生き、静かに終えるようありたいと思います。
最後まで「歩く」ために、今日から始めた小さな習慣
寿命を全うするまで自力で歩くためには「体幹」を鍛えることが重要だと力説しています。人は歩けなくなったら寿命は短いと判断できる。自分で歩ける限りは幸せに生活していくことができます。
最近の自分を振り返ると、椅子に座っているとき、運転中、気が付けば椅子の背もたれに頼っていることがほとんどです。「いつも背筋をピシッと伸ばしているようにしよう」と今日から実践しています。
自分らしく、シンプルに生き切るということ
いつも人に「100歳まで生きるよ」と言っていることは、私とお付き合いのある方だったらご承知かと思います。最近は「110歳まで」に伸ばしましたが・・・
ただこれは長生きに未練があることではなく、健康に長生きし、「この先社会がどうなっていくのか、どんな夢のような技術が実現することを見てみたい」ということの言い換えなんです。
なので、「明日死んでも悔いがないように」という気持ちで毎日生活しています。
そのためにも、無理な延命治療などに頼らず、心身ともに自立した状態で人生の終盤を楽しんでいこうと思いました。
今までもこれからも感謝します
この本により、必ず訪れる自分の最後について明確な指針ができました。そのためにも日々を精一杯生活していくことが大切です。これまで自分と関わってくださった多くの方々に感謝するとともに、これからも変わらず生活していきたいと思います。
これを読んでくださっている皆さんも一緒に、背筋を伸ばして歩いていきましょう!

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