まちなか東コミュニティ主催 みつけ歴史ウォーク

見附市まちなか東コミュニティの文化歴史部会が主催する歴史ウォークに参加してきた。今年すでに2回開かれてきた歴史講座の連動イベントになる。


中央公民館をスタートし、市街地の東側に広がる丘陵地帯(観音山、水道山)沿いに嶺崎地区を歩いて刈谷田川まで行き、ふれあい橋から旧栃尾鉄道沿いに北上、さらに市谷街道を通り、旧刈谷田川にかかっていた見渡橋を渡って旧川沿いに中央公民館まで戻るコース。

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参加者は15名。ガイドの方2名が案内してくださった。

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江戸時代にこの地に移り住んだ俳人松岡茶山の「六合庵」跡。個人宅の庭にあたるところに立っていたはずの標柱も、地震で損壊し、隅に転がっていた。参加者からは、ぜひ修復してほしいとの声が。

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こんなところに愛宕神社というものがあるらしい。危険とのことなので、あとでゆっくりと探検してみよう。

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丘陵の稜線にそってゆっくりと蛇行する殿様街道。江戸時代に村松藩に属していたこの地に村松から殿様が通った街道からこの名前がついた。

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見附市内にはこのような工場跡があちこちに見られる。現在は殆どが稼働していないが、数十年前までは繊維の町としてこのような工場から機織りの機械の音が響いていた。

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村松藩の米蔵があったというところ。現在は住宅になっているが、住民の方が出てきてくださり、周囲の用水路や旧道などの跡を紹介してくださった。

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刈谷田川に到達。最近、見附市コミュニティバスの車庫ができた。

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刈谷田川沿いを歩く。2週間前に24kmウォークで歩いたところだ。木の向こうに見えるのが草薙橋。私の小学校時代、6年間通った橋だ。

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市谷(いちや)街道に入り柴久酒店の両側に存在する地蔵を見る。現在でも春と秋に祭礼が行われている。

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先程の草薙橋から続いている市谷街道。江戸時代は長岡へ続く三国街道中通として栄えていた。私の小学校の通学路(笑)

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旧刈谷田川にかかっていた見渡橋跡。私が子供だった頃はすでに土橋だった。それで栃尾鉄道の上見附駅から見附市内へ至るメインルートとして人通りが結構あったことを覚えている。
参加者のみなさんも思い出たくさんお有りのようで、話に花が咲いていた。

今年はブラみつけで市街地の小路めぐりをしたが、引き続いて殿様街道・市谷街道の史跡めぐりに参加できててとてもよかった。昔の写真展開催の作業を行っているときにも感じたが、自分なりに見附の歴史・文化を辿ってこのブログなり、ホームページに記録していってみたいと思う。

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