「石上朝臣麻呂 闇の左大臣」黒岩重吾

黒岩重吾の遺作となった古代史小説「石上朝臣麻呂(いそのかみあそんまろ) 闇の左大臣」を読み終わりました。
皆さんは石上朝臣麻呂(以下「麻呂」と書きます)と聞いてもご存じの方はまれなのではないでしょうか。藤原朝臣不比等(ふじわらあそんふひと)(以下「不比等」と書きます)というと、奈良時代、平安時代の藤原氏の礎をを築いた人物として有名ですよね。
麻呂は不比等と同時代を生きた飛鳥時代の人物です。

古代日本史講座

私は見附市のふぁみりあで開催されている日本古代史講座をもうかれこれ7年に渡って受講しています。講師の関根聡さんが注目している人物こそがこの麻呂なのです。毎回の講義では麻呂を正面からとらえたり、周辺の人物から麻呂を浮き上がらせたりしており、いやがうえでもこの人物について関心を持っていました。
関根さんは、古事記が書かれた時期がどのようなものか調べるうちに、麻呂が妙に引っかかってきた、と言われています。一般にはほとんど注目されることのないこの人物は、実は大変な役割を果たしたのではないかと思い始めたとのことです。

この黒岩重吾の古代史小説はそんな麻呂を主人公に取り上げ、天智天皇の頃の壬申の乱を前半に、後半では壬申の乱後の天武、持統、平城京遷都までを時代背景として、下級官僚から政治のトップ、左大臣にまで上り詰めた姿を生き生きと描いています。古代史を知るという観点よりも、ストーリーを楽しむ、浮かび上がった人物を楽しむという観点で読みました。

講座での関根さんの麻呂象はこちらに詳しくまとめています。

物部は間者

麻呂は若い頃は物部連麻呂(もののべのむらじまろ)という名前でした。物部氏は当時の豪族ではありましたが、曽我氏との戦いに敗れ表舞台から引きずり降ろされている状況。そんな麻呂は間者(いわゆるスパイ)として物部の血を引継ぎ、鋭いをもって上級官僚、貴族になるべく仕事を行っていました。

壬申の乱では敗者の将である大友皇子の最後に付き添うという立場であったにもかかわらず、勝者側の天武政権の中に入っても的確な判断を積み重ねて出世をしていくのです。
間者(スパイ)としての情報収集能力はあったのでしょうが、それだけではなく抜群の才能、センスの持ち主だったから重用されていったのだと思います。

古代の人々の生活

小説では麻呂の人物像を浮き上がらせるために、私生活の描写も数多く描かれています。
最初は下級官僚という身分でした。その住居、女性との付き合い、結婚観などが描かれます。
麻呂最愛の女性だったナガ子とのやりとりは特に面白いですね。
当時の社会の身分制度もかなり詳しく描かれています。上級官僚、中級官僚、下級官僚、良民、奴婢など、それぞれの立場の人の気持ちはどうだったか、面白いです。

上級官僚はいわゆる貴族。なので、その一線を越えるかどうかは大きな違いがあるそうです。描写される麻呂の気持ちは、「貴族になりたい」という気持ちが強くにじみ出ています。

二人の登場人物

この小説に登場する人物名は関根さんの講座に登場する名前が多いけど、初めて目にする名前も多かったですが、その中でストーリーの鍵となる人物を二人紹介します。

一人目は蘇我臣赤江(そがのおみあかえ)。近江朝の中で常に麻呂の上司として存在しています。有間皇子を陥れる活躍をしたことで政治の中で力を得てきた人物で、天智のもとで左大臣にまで上り詰めます。【麻呂】で日本書紀を検索すると16回名前が登場します。

二人目は朴井連雄君(えのいのむらじおきみ)。麻呂とは蘇我由来の出身ということで幼馴染という設定です。麻呂が大友皇子の側で取りたてられていくのに対し、雄君は大海人皇子に重用されていきます。麻呂と雄君の関係性がストーリーの中で重要なポイントとなっていきます。

不比等との関係

麻呂を語る上でついてまわるのが、平城遷都のタイミングで、それまでの藤原京の留守役となったことです。これをもって左大臣というトップポジションであるにも関わらず、実質上は一線を退いてしまった。言い方を変えれば「外された」と評されることが多いです。
講座の関根さんは「それは誤り」と述べ、反証を試みられています。

この小説ではラストでそれが語られます。
麻呂の思いは豪華な平城遷都を行うことで民を苦しめることになるので慎重にするべきだという立場。
一方、不比等を中心とする若い官僚達は、唐の西安のような立派な都を作り、国際社会に後れを取らないようにしなければいけないという思い。
麻呂は混乱させてはいけないと、実質上、主導権を握っている不比等に「藤原京で留守をする」と告げるのです。

いつも講義で麻呂の話を聞いているからか「麻呂、頑張れ」と応援している自分がありました。

ドラマ化してほしい

古代史においてドラマチックな壬申の乱や、律令制、日本を作り上げた天武、持統時代を背景にした小説は読みごたえがありました。麻呂の人物描写も生き生きとしていて、当時の生活様式なども細かく描写されていて、この点だけでも読む価値があると思います。
ぜひとも(大河ドラマは無理にしても)NHKからドラマにしてもらいたいと思いました。
戦国時代も明治維新も源平合戦も食傷気味なので、古代史にも目を向けてもらいたいと思います。韓国の歴史ドラマは神話から古代にかけてのドラマはたくさんあり、私も楽しみました。それがきっかけで「日本はその頃どうだったのだろう」と思い、古代史講座に参加したのですから。
出世物語として見ても秀吉の一生より面白いと思います。
この黒岩重吾の原作をドラマ化し、多くの人に日本古代史に興味を持ってもらいたいと思いました。

コメント

  1. 田伏誠三朗 より:

    「石上朝臣麻呂」聞いたこともない人。
    「山田朝臣康男」さんは、私には超有名で大切な人です!

  2. プルシアンブルー より:

    「石上朝臣麻呂」知りません
    「日本史」で「藤原不比等」を! 

    懐かしい名前!でももう忘却の彼方です

    • 山田 康雄 より:

      普通は知らないですよね。
      この麻呂に一番スポットをあてているのは関根さんかもしれません。
      それだけにこの小説は新鮮でした。