『健康という病』五木寛之

五木寛之さんの『健康という病』を読んだ。

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タイトルから想像できるように、どちらかというと、アンチ近代医療の内容である。

冒頭は次のように始まる。

私は自分の健康に関しては、かなり無頓着なほうだ。無頓着というより非常識といった方がいいかもしれない。
私はこれまで健康診断とか検査とかいうものを、戦後70年一度も受けたことがなかった。また、歯科以外の病院を訪れたのは、今年の春が初体験である。左脚が痛くなって、やむをえずレントゲンを撮ってもらったのだ。

70年間検診も検査も受けたことがなく、この度初めて病院を訪れたというのだ。すでに80を超えている人が初めて病院のお世話になったとおっしゃっているのが驚かされる。

最近、私自身、「病院に行かないのが一番の健康法なのではないか」となんとなく思い始めていただけに、興味を持って読み進めた。

その中で、なるほど、と共感を覚えた意見をいくつか。

■人間は標準値で生きているわけではない
「メタボ」の基準が、体重が、胸囲がなどと決められていて少しでもはみ出ると病人扱いされる。だけど、人はそれぞれ違う。歳を取ればそれなりに衰えてくるし、外で動き回ることが多い人もいれば、座って過ごすことが多い人もいる。血圧もしかりだ。
五木さんは、こういう結果に一喜一憂するのではなく、常に自分の体と対話して「養生」することが大切と思っているとおっしゃる。その通りだと思う。

■健康情報とどう付き合うか
このところ週刊誌をにぎわす健康情報、テレビで流れる健康情報。また、それらに対してまったく反対のことを主張されることもある。新聞やテレビでは健康食品・サプリメントの大々的な広告。それほど医療が信じられないのだろうか。でも病院に行くとあふれんばかりの患者さんがいる。
ここでも五木さんは、「何が健康かは人それぞれ」とおっしゃっている。その通りだ。私の意見も入るが、基本は自分の治癒力をどれだけ大切に活かせるかということだと思う。「治療」ではなく「養生」が大事と言う。

■養生するか病院頼みか
世の中には脚や腰の痛みで苦しんでいる人たちが無数にいる。治療すれば治るのであればこんな状況にはならないはずだ。民間の治療院なども町にたくさんある。でも治らない。
五木さんは体は「治す」のでなく「治める」のがいいとおっしゃる。正しく自分の体と向き合って、不調を感じたら養生してなるべく自分で「治める」ようにしようということだ。

「とらわれない」というのがこの本で書かれているキーワードであると感じた。それを健康リテラシーの基本として体と付き合っていけたらいいと思う。

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